2011年 04月 08日
公務員庁の疑問
人事院を廃止して公務員庁にするということについて一昨日書いたけど,色々と疑問が(準じているだけで公務員じゃないので関係ないけど)…

「資料」はみつけた.誰か,国家公務員制度改革推進本部の,

国家公務員制度改革基本法等に基づく改革の「全体像」について
(平成23年4月5日国家公務員制度改革推進本部決定)(概要本文

を分析して講義してくれないかな…(国交労連とかでは「学習会」やってるのかな?)…

ざっと見た「概要」のポンチ絵では,政府全体で統一的に決める俸給月額等は「公務員庁」と交渉,各府省ごとに決める勤務時間の割り振り等は「各府省」と交渉となっている.ややこしいな…団交のたらい回しの予感が…

世間のblog等では,こんなことで「公務員改革」が進められるのかという趣旨の議論の方が多いような気がする.

でも,一般の末端公務員から見たら,むしろ逆で,労働三権の代替措置としての人事院が「本来」なら担っていたはずの機能が,実際には公務員庁との形式「団交」という誤魔化しで失われてしまう,つまり状況は悪くなるだけではないかな…公務員庁のことを「第三者機関」と書いているものもあり,かなり怪しい.
元々の発想は,(一応民間の給与水準を反映している)人勧以上に公務員の給与を削減するには,どうすればいいかというのだったずだし…怪しい…これで公務員のモラルやモチベーションがさらに下って,「公務員改革」に失敗するということを心配した方がいいのでは?

うちの近くの某地方政党といい,公務員を叩いとけばとりあえず人気が出るのは困ったものだ.まあ,この春までうちの事務室に居た人も,某先生の期待に反して一年間何もしないでただ毎日一日中じっと座っていただけ(それはそれで普通なら苦痛だと思うからすごい?)で無事に他大学に転出して行ってしまったから,なんとも言い難いところもあるけど…
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# by nobu_san | 2011-04-08 14:04 | 気になること
2011年 04月 06日
公務員に労使交渉権?
人事院が廃止され,公務員に労使交渉権が与えられて交渉の政府側窓口として公務員庁が設置されるらしい.(例えば時事通信)

不勉強で制度がどういうものになるのか理解出来ていない(どこに情報があるんだろう?)が,人事院勧告が無くなって様々な省庁や機関がそれぞれ個別に交渉することになるのだとすると,我が大学はいったいどうやって教職員の給与水準を評価するのだろうか.錦の御旗として何よりも有り難く珍重して来た人勧が無くなってしまう…

あ,「本庁」の給与水準よりちょっと下の出先機関の給与水準にしておけばいいだけだから,何も心配することはないのか.いやいや,組合との団交で,これまでのように「人勧に従わないと国民の理解が得られない」という伝家の宝刀は使えなくなるから,組合と真面目に交渉するのは結構大変になってしまうのじゃないかな.まあ,私が心配する必要もない余計なお世話だな…組合の方にもそんな元気のあるところは,そうは多くないだろうし…

「法人化」後も,実際には教職員の給与を決定する当事者能力のない「大学」と,真面目にさんざん団交をやって来た馬鹿な私が抱くもう一つの疑問は,この「公務員庁」が経営者側としての団交当事者能力・権限が本当にある組織になるんだろうか,ということかな.実際には後ろには財務省が控えているだろうし,「交渉」で公務員の給与を上下させることが出来る強力な権限を持った組織に出来るのだろうか…ただの交渉「窓口」で,いくら「交渉」してみても決定権は実はそこには無い,なあんてのが落ちじゃあないんだろうか…まあ,公務員は「労働法」には縛られないから,そんなのはどうでもいいことか…

しかし,こんな制度いじりしているような場合か…
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# by nobu_san | 2011-04-06 00:16 | 気になること
2011年 03月 12日
PFシンポジウム中止
2011年3月14日〜15日の PFシンポジウムは地震のため中止が決定されました.

知り合い等に連絡をお願いします.

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# by nobu_san | 2011-03-12 13:06
2011年 03月 10日
「師であることの条件」
今日の帰宅時の地下鉄の読書で気に入った,内田樹さんの下流志向にあった「師であることの条件」

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# by nobu_san | 2011-03-10 23:09 | 大学問題
2011年 03月 05日
「街場の大学論」
Twitterでの議論がきっかけで,内田樹さんの「街場の大学論」を通勤の地下鉄で読んだ.
色々考えたけど,一つは自分の授業について…

前任校に助教授として着任してすぐ,出たくない教授連の代りに「新任だからちょうどいい」と,FDを受講させられた.それまで10年以上大学を離れていたので,大学の変化に当惑していたし,FDを素直に受け入れて,分り易い授業をすることを心掛けて来たつもり.最近では,Presentation Zenなんかも勉強し,ついこの前も現職場の1年生のオムニバス形式の授業をその線でやったばかりだ.
出席を兼ねた学生の感想メモに「面白かったです」,「よく分りました」,「こんな授業もあるんですね」が多かったのを単純に喜んでいたけれど,それでいいんだろうか…

私の場合,大学の教養部の講義で,なにやら深淵な学問体系を感じて,高校とは違うな,と納得していたものがいくつかあったように思う.内容は良くは理解できなかったけれども.少くとも,私の授業は,そうはなっていないだろう.そういえば「講義」と「授業」の区別もいつの間にか気にしなくなってしまった,前任校に着任した当初は,大学だから「講義」だろうと思ってやっていたのだが,いつのまにか「授業」になってしまった.

一つ思い出したのは私の師匠が学部3年にやっていた講義.空間群とX線結晶学を隔年でやり,私は空間群を受講した.半分演習形式での展開の合間に,彼は,何度もバナールの「歴史における科学」の一部を朗読して学生に聞かせた.蛋白質結晶学の創生期のバナールの言葉で読み聞かせたのは,要は学問とはどういうものかだろう.(「研究」とはどういうものかとはちょっと違う.)

空間群は随分忘れてしまったが,バナールを読んで何やら熱く学問を語っていたということはしっかり覚えている.読めば...分る教科書を親切丁寧にやる私の授業を受講した学生達.10年,20年後に何か覚えているだろうか.どこが重要で,どこを覚えればいいのか質問して来る学生が居るくらいだし,単純に知識伝達の授業では,おそらく期末試験が終った瞬間に一切忘れてしまっているのだろう.それでいいような授業しかしていないとも思う…

今や「学問」という言葉は死語な気もする…一昨日の3年生相手の講座説明会でも,私を含めて数人の先生の話に「研究」は何度も出て来たが,「学問」って言葉は,たぶん一回も出て来なかった.


大学法人化「反対者」だったへそ曲がりの私としては,当時の「敵」の一人である文科省の杉野さんとの対談は,非常に興味深い.これを読んで思うのは,要は大学人の側の問題が大きいのだということ.たぶん中途半端に利口すぎる.世渡りが上手でなければ,今や大学でも生きていけないということかも知れない.前にも書いたように,私達反対者が色々議論しようとしても,どうして空気が読めないのか,というようなことを要路の先生方が言われるのである…つい先日のパブコメ騒動も記憶に新しい…

あと一点.内田先生,国立大学は「国立大学法人」に移行したので「独立行政法人」になったのとは「ちょっとだけ」違いますよ…
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# by nobu_san | 2011-03-05 08:18 | 大学問題