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2011年 09月 07日
「日本人の誇り」
中日新聞の「自著を語る」欄で紹介されていたので,通勤読書で藤原正彦氏の「日本人の誇り」を期待して読んだ.この国の「現状」に対する危機意識はおそらく著者と共有することが出来る.

しかし…

主張の強さに比較すれば,議論が相当荒っぽい.現状の日本の困難の全てを,戦後の米国による「罪意識扶植計画」と日教組に完全に押しつけて読者を煽るような流れには,かなり違和感を感じる.著者に言わせれば,私がそれらに完全に洗脳されてしまっているということかも知れない.こうした本は必ずしも「科学的」である必要は無いのであろうが,主題の性格からは,根拠として紹介されている「事実」の裏付け情報がきちんと示されないと,私のような者は読んでいて非常に不安になる.また,現在の考え方で過去を評価してはいけないと何度も指摘しながら,当時の米国の事情を背負っていたのであろう「罪意識扶植計画」と,やはり当時の情勢を背景に活動したのであろう(当時の)日教組を批判して全てを押しつけているのは,それこそ自己矛盾していないだろうか.第二次世界大戦およびその後を日米双方の立場で議論するのであれば,私としては,例えば油井大三郎の「なぜ戦争観は衝突するか」のように文献情報もきちんと配置して冷静に分析していく姿勢の方が好ましい.「日本人の誇り」の読者にも是非一読を勧めたい.

google検索してみると,著者の望むように煽られて「誇り」を回復している人々も結構居るようである.しかし,そうしたblog等では,概して「日本人であること」自体に誇りを持つのではなく,反米,反中国,反北朝鮮,反日教組といったねじ曲がった雰囲気が感じられるのは気のせいだろうか.いわば「仮想敵」を配置して,自身の「誇り」を回復しているような感じであり,自らの本性に湧き出る誇りを感得している様子は観られないように思う.まさか著者はそうしたことを望んでいるのではあるまい.

ちなみに,私はワイツゼッカーの演説「荒れ野の40年」が大好きである.「罪意識」を自ら明確に示しながらも,そこにはある種の尊厳を感じることが出来る.戦後の日本に観られなかったもの,日本には感じられない「誇り」とは,実はこうしたことではないのか.この本に煽られて色々と主張しているblog等にも,そうした「誇り」は全く感じることが出来ない.非常に残念であるが…
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by nobu_san | 2011-09-07 23:56 | 憲法・平和