<   2005年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧
2005年 01月 23日
国立大学授業料値上げ反対意見広告
22日の共同通信の報道では,83の大学のうち53校が「標準額」に合わせて1万5千円の値上げを計画しており,未定の27校も財源確保のため値上げに踏み切るところが少なくないと予想されている.国立大学協会や多くの大学の学長や副学長が「値上げに反対である」と主張しつつ,「苦渋の決断」とか「やむを得ない」として値上げを決定している.国立大学は昨年度から法人化されたため,各大学法人が反対しつつも背に腹は代えられぬとして「独自に」値上げを決めたことになる.国民にはなんとも分かりにくいだろう.

「国立大学法人法・意見広告の会」で,これに反対する新聞意見広告が計画されているます.どうぞご協力を.

確か私の学生のころから授業料と入学金が隔年で交互に値上げされるようになったのだと思う.当時学生自治会で値上げ反対のデモ行進やストライキを実施し,ある友人の代議員に頼まれて反対のビラを作ったのを思い出した.しかし,学部に進学して以降は「忙しくて」まともに値上げ反対をして来なかったのが反省される.今は学生は静かだ.当時学生のデモやストがニュースで取り上げられた記憶がまるでないが,今ならニュースになるかも...
[PR]
by nobu_san | 2005-01-23 22:42 | 大学問題
2005年 01月 19日
政治圧力が無くても?
「政治圧力は無かった」 NHKのこの主張は非常に面白い.

ということは,NHKが自主的にこの番組の放送内容を改編したのだと主張していることになる.この間の各種報道で,当初の内容からの改編状況が明らかにされているが,それを「公共放送」を担うNHKが自らの判断で実施したのだとすれば,その方がよほど問題であろう.少なくともNHKには公正に客観的な報道をする能力が無いことを自ら認めてしまっていることになる.「圧力」をかけたとされる政治家をかばってもNHKの報道機関としての無能ぶりを主張する方がまだ良いという判断はどこから出て来たのだろう.非常に不思議だ.

今日の道新の「週刊誌を読む」欄に篠田博之氏が以下のように書いている.

安倍晋三・自民党幹事長代理が番組改変を要求したのか否かという話に問題が集約されつつあるが,そもそも政治圧力があからさまなやり方でかけられる時代は既に終わっている.政治家は示唆するだけで十分なので.その意をくんだメディア上層部が現場に圧力をかける.自主規制という名のそういうあり方が問題なのだ.

NHKと言えば,例の小泉首相の「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域」だ答弁を国際放送では相当意訳して報道していたが,これも「自主」規制の一種か?

例によって,大学と組合の問題に話を移す...

前にもどこかに書いたが,昔,大学教員任期制法で争っていたころ,労働基準監督署労組の委員長に「文部省は楽だ.仕組みを作れば,後は大学がかってに対応していく」というようなことを言われたことがある.今もこれは変わらない.「効率化係数」による毎年の運営費交付金の削減も,大学にとっては争点ではなく,対応すべき目標となってしまう.

我々は物分かりが良すぎる.14日の道新の05春闘を議論する社説にも「問題なのは,経営側の姿勢の硬さを前に,組合が物分かりが良くなりすぎ...」と書かれている.先日の寒冷地手当問題の団交で労務担当理事に「(これだけ説明しても分からないのでは)分かる気がないのでしょう」と言われたが,そのとおり.あえてそうでありたいと思う.
[PR]
by nobu_san | 2005-01-19 23:47 | 気になること
2005年 01月 15日
不作為
家内の仕事の都合で子守り.出勤しなかったので(土曜日だし,センター入試で入館も面倒)早乙女勝元著「ゴマメの歯ぎしり 平和を探して生きる」を読む(そんなことをやっている間に論文でも書けと言われそうだとふと思う).

家永「戦争責任」同様,不作為の罪・責任の指摘多々あり.詳細は読んでもらえば良いとして,平和問題と同根だと思うが「大学」にも直接関係しそうな指摘を例によって少しだけ拾うと.

アウンサン・スーチー(日本の若い世代へのメッセージを求められて)

自分以外の者に目を向けることです.自国以外の国にもね.精神的に充実した人生を生きるには,他者の願いをかなえるために,責任を負う勇気ももたねばなりません.

コスタリカ元大統領アリアス(日本の国際的使命を問われて)

そこで大事なことは,私たちが何もしなければ事態は変わらないということ.あなたたちが,国内で臆せずに発言していくことですよ.あなたのように文章を書く人や学者,教師,学生のみなさんに,特にその責任が課せられているのです.


さて,自分はどうか.組合運動に没頭している「ふり」をして,他のことに目をつぶっていないだろうか...
[PR]
by nobu_san | 2005-01-15 22:03 | 気になること
2005年 01月 14日
「戦争責任」を読み終えて (大学問題へ)
「戦争責任」をやっと読み終えた.

最近「チェチェン やめられない戦争」を読んだばかりでもあり,「責任論」自体よりも暴走する「軍隊」というものの本質が強く印象に残った.憲法を改悪してまでそういう暴力装置を持ちたい権力者の気が知れない.たまたまHNKの従軍慰安婦の女性国際戦犯法廷番組への政治家の圧力問題が報道されている.圧力をかけたのではなく「公正中立な報道を求めた」ということだが,チェチェンのロシア軍も,ケニアの英軍も,ベトナムやイラクの米軍もそうであるから,日本軍が従軍慰安婦を含む民間人に暴力的であったことは間違いないだろう. しかし,圧力をかけた議員,自民党,そして多くの日本人に,果たして「公正中立な報道」を受け入れるだけの度量があるかも疑問である.小泉首相の靖国参拝に反対した富士ゼロックス会長宅に火炎瓶が投げ込まれてしまうような国である.

何かを読んでも,すぐに「大学」の問題と短絡させてしまうのは「病気」かと思われるが,「戦争責任」に倣って,法人化された現在の大学の状況についても誰が誰に対してどのような責任を負うのかを,「国」,文科省,国大協,学長,教員,組合,学生,そして国民といった各層毎にきちんと整理する必要がある.

ところで,「戦争責任」で知識人・文化人の戦争責任を論じている中で,当時「批判の目」を持つ者の居た例として永井荷風の昭和16年6月15日の日記が紹介されている.

国民一般の政府の命令に服従して南京米を喰ひて不平を言わざるは恐怖の結果なり.(中略)今日にては忠孝を看板にし新政府の気に入るやうにして一稼なさむと焦慮するがためなり.元来日本人には理想なく強きものに従い其日々々を気楽に送ることを第一となすなり.今回の政治革新も戊辰の革命も一般の人民に取りては何等の差別もなし.

現在の大学と「国」の関係を批判するものとしてもそのまま読める. 「命令」に従っているわけでもないところで,さらに怖いか.
[PR]
by nobu_san | 2005-01-14 19:13 | 気になること
2005年 01月 05日
腐儒にもなれぬが
遅まきながら,家永三郎の「戦争責任」を読み始めた.

はしがきで家永が自己の不作為の反省を書いた文章を紹介している.随分前にAc-netでも紹介されているが,ここにもメモ代わりに一部紹介しておきたい.

ある、偉い学者が、学問をする者は腐儒になる位の心がけでなければならぬ、と云われたそうである。あまりに佞儒(ねいじゅ)のみ多い日本では、腐儒になることさえが一つのレジスタンスでもあろう。しかし社会が不幸なる方向に向ってころげ落ちようとするのを外(よそ)にみて、自分の専門のしごとがあるとすましているのが、果して学問をする者のとるべき態度であろうか。太平洋戦争の間、私は腐儒となることによって佞儒となることを免れた。私は、今になって自分が消極的な意味での戦争犯罪人ーー戦争を防止するための義務を怠った不作為の犯罪人であったとの自責の念に堪えない。私は今度こそはその後悔を二度としたくはないと思う。同胞を破滅への道に駆りたてる力に向って、私たちは敢然と立ち向わなければならぬ、と思う。

大きいことでは国の進む方向について考える際,比較にならないほど小さいことでは例えば「組合」にさそった際にでも,「私は忙しい」ということが大学の教員でさえも自己の不作為の理由になる.それは家永が反省している時代と結局何も変わらない.そういえば,いろいろやってみても実際何も目立った結果を生まない(気がする)最近,自分のやっていることもなんとなくただのアリバイ的かと嫌になっている面もある.どうせ変わらないと思った時点で負けだろうに...
[PR]
by nobu_san | 2005-01-05 00:58 | 気になること
2005年 01月 01日
新年は車上荒らしで始まった
元日の朝.結構雪が積もった.

宿舎の除雪当番を交代してあげていたので玄関の雪かきをした後,誰も歩いていないふかふかの雪を踏み踏みちょっと幸せな気分で車に積もった雪を降ろしに駐車場に行った.車の鍵が開いていて,助手席に車検証入れが散らかっている.あれ変だなあと思ったら後部座席の横のガラスが割られていた.やられた.

警察に連絡して現場検証してもらって被害届けをして,その後で割られたガラスを掃除して,とりあえず適当に窓をふさいで補修したら,元日の朝を全部で2時間以上は無駄にした.

たいした物を積んでいないので,たぶん被害は古いポータブルテレビを盗まれたくらい.あんな物,中古市場にも売れないだろう.割られた自動車ガラスの方がよっぽど高いか.子供達が被害にあったりしたわけでもないし,今時の災難としてはまあいい方か.しかしなあ,つまらないことで時間をとられたし,車上荒らしで始まる新年ってのはやはり腹が立つ.今年はどういう年になることやら...


津波のことや,それに対する日本の対応等を考えれば,こんな馬鹿げたことを新年にblogに書くのも気が退ける.
[PR]
by nobu_san | 2005-01-01 23:37