2008年 03月 29日
学習指導要領
学習指導要領の改訂が報道されている.パブリックコメントを求めていた改訂案にはなかった「我が国と郷土を愛し」という記述や,君が代を「歌えるよう」指導するといった記述が新たに書き加えられ,さらに酷いものになっているようである.TBSの報道では,渡海文科相が「新しい教育基本法の下での学習指導要領の作成で,さまざまな意見を頂いたことについて,最終的に修正をさせて頂いた」としている.

私も気になる点についてコメントを投稿しておいたが,そうした意見よりも戦前回帰の教育の強化を望む意見の方が多かったということだろうか.「案」を修正したからには,わざわざ公表していた案を修正した理由や手続をきちんと示さなければ,それはただの詐欺である.今後も当たり障りの無い「案」を示してコメントを求め,最終的にはどうにでも好きなように修正すれば良い.そもそも普段我々が頑張って署名を沢山集めても一向に態度を変えないのに,わずか5千ほどのコメントに意見分布があったとしても,だからといって議論もせず修正するのも妙だ.

こんなことを書くと誤解され,私を個人的に知っている人は違和感があるかも知れないし,不起立・不斉唱の人は理解出来る(私も子供の式では特に歌わない)のだが,実は私は「日の丸」や「君が代」には全然抵抗がない.私はおそらく保育園からずっと,式典では「日の丸」に正対して「君が代」を歌っていたのだろう.ただ,どういう教育を受けて来たのか記憶が無いが,私にとって「君が代」はただの「式の時に歌う歌」だし,「日の丸」にも輝かしい日本という国の象徴といった感覚があるわけではない.むしろ「日の丸」はその下に不毛な戦争を遂行した,忘れてはならない我が国の歴史を背負った「旗」として見ているように思う.そういう意味では右翼や靖国派や「つくる会」的な立場の人々が「日の丸」を有難がるのはさっぱり理解出来ていない.

さて「愛国心」だが,私は Carl Schurz (1899年)の,

Our country, right or wrong. When right, to be kept right.
When wrong, to be put right.

が,真の愛国心であろうと思う.「我が国と郷土を愛す」ために「日の丸」の歴史をきちんと教える.そして「式」の度にそれに正対してみんなで反省する.なぜそうはならないのだろうか.
[PR]
by nobu_san | 2008-03-29 01:03 | 憲法・平和
<< 入試手当その後 実像と虚像 >>