2005年 11月 19日
知識人特有の弱点
昨日のメールマガジン「Publicity」に,丸山眞男「『現実』主義の陥穽」(初出は1952年)『現代政治の思想と行動』p178−180,未来社,として以下が引用されている.満州事変以降,太平洋戦争へと進むことを阻止出来なかった知識人についての論考なのだが,今の大学人のありようとも重ねて読めてしまう.いや,あるいは,実はこれよりもさらに症状は一歩進んでいて,自己正当化する必要もないほど専門分野での競争以外には全く無関心なのかも知れない,とさえ思えるが...

これに関連して私はとくに知識人特有の弱点に言及しないわけに行きません。それは何かといえば、知識人の場合はなまじ理論をもっているだけに、しばしば自己の意図に副わない「現実」の進展に対しても、いつの間にかこれを合理化し正当化する理窟をこしらえあげて良心を満足させてしまうということです。

既成事実への屈服が【屈服として】意識されている間はまだいいのです。その限りで自分の立場と既成事実との間の【緊張関係】は存続しています。

ところが本来気の弱い知識人はやがてこの緊張に堪えきれずに、そのギャップを、【自分の側からの】歩み寄りによつて埋めて行こうとします。

そこにお手のものの思想や学問が動員されてくるのです。

しかも人間の果しない自己欺瞞の力によつて、この実質的な屈服はもはや決して屈服とは受け取られず、自分の本来の立場の「発展」と考えられることで、スムーズに昨日の自己と接続されるわけです。

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by nobu_san | 2005-11-19 00:58 | 気になること
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