2004年 12月 19日
国立大学の授業料は上がり続けるのか
財務省の圧力により2005年にまた国立大学の授業料が上がる可能性が高い.「標準額」が1万5千円値上げされ,53万5800円となる.法人化後の大学では授業料は「自由」に設定出来るが,大学には毎年効率化係数が掛けられ運営費交付金が削減されていくので,値上げしないで持ちこたえられる大学は少ないと観られている.このままでは法人化した後も隔年で授業料と入学金が交互に上がっていくことになるのかも知れない.中山文科大臣も「(値上げ幅は)出来るだけ圧縮したい」と言っているから,値上げすること自体には反対はないらしい.

国立大学の授業料は,私立大学の授業料(平均80万円くらい)との比較により,「国立大生の自己負担を高めなければ納税者の理解を得られない」という受益者負担論で引き上げられ続けてきた.しかし,昨今の大学卒業生の就職難を見ていると,受益者負担論は非常に怪しい.

日本は国際人権規約(社会権規約)の「高等教育の漸進的無償化(第13条2項C)」を留保している3カ国の一つ(他はマダガスカルとルワンダだけ)である.2001年に留保の撤回が勧告され,2006年までに勧告にもとづいてどういう措置をとったのか,NGOや市民とどのような協議をしたのか報告することが要請されているが,日本はどうやら前向きの報告をするつもりは無いらしい.

そういえば,撤回勧告とちょうど同じ年,小泉首相は5月7日の所信表明演説で「米百俵の精神こそ、改革を進めようとする今日の我々にとって必要なのものではないでしょうか」として物議をかもしている.相変わらず「精神」を取り違えたままだ.



ところで,新国大協も8日の臨時総会で要請文「国立大学関連予算の充実について」を決議し,文部科学大臣へ提出している.しかし,なんでも「反対」のへそまがりとしては,法人化を受け入れ,ずるずる負け続けている国大協が何をいまさらと言いたくもなる.だいたい,教員は裁量労働制にして給与を押さえ,職員は違法な不払い残業に頼るしか運営出来ない大学の財政状況をなぜもっと素直に社会に訴えて来なかったのか.効率化係数に関して「文部科学省の尽力に期待したいと考えます」と書かれた我が学長の今年の新年の挨拶を,「ホームページで期待しているより,御自身で街頭宣伝でもやられた方が, よっぽど効果的だ」と批判させていただいたが今でもそう思う.危機感があるなら,国立大学長が毎日交代で東京駅前あたりでハンドマイクを握られたらどうか.駅前街頭宣伝のやり方くらいなら,喜んでお教えしてさしあげられる.
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by nobu_san | 2004-12-19 01:30 | 大学問題
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