2011年 05月 29日
続:大阪維新の会の「君が代」条例案
週末,某所でのお茶のみ話で,たまたま橋本知事が鳥取県知事に謝った件が話題になり,彼がさっさと謝ったことを高く評価したのが元は小学校長まで務めた人だったので,つい国旗国家条例案のことも話題にしてみました.

記憶をまとめると,その人によると,

  • 学校教員で国旗・国家に反対している人の半分以上は,同僚から仲間外れにされないためにやっているだけだ.

  • 現在は国旗・国歌「法」があるので,保護者のほとんどは,学校でも国旗・国歌をきちんと教えてくれと言っている.

という感じでした.校長をしていた人なので,この主張になるのは当然かも知れません.別の人が話題を変え,場所が場所でしたのでそれ以上の議論は無理と判断し,私も止めてしまいました.

その人の居た職場の状況を知りませんが,一つめの主張は,少くとも私がいろいろ読んだり,処分された関係者の講演を聞いたりする内容とは随分違います.反対する人が「反対しないと仲間外れになる」と心配しないといけないような学校現場なら安心だと思いますが,残念ながらおそらくそういう職場は全国的には多くないのではないでしょうか.

二つめの主張も本当にそうなのかな.「きちんと教えて」の意味は「これが国旗です.これが国歌です.いいですか分りましたか.」ではないでしょうが,まさか,私が何度も主張しているように,戦争遂行のための道具だったことの意味を「きちんと教えろ」という要望でもないでしょう.でも,要望の真意をちゃんと調べる必要はあると思います.

しかし,もしも本当に,今の若い保護者層の多数が「天皇」や「国家」という意味で「きちんと教えろ」という考え方を持ってしまっているのだとすると,ただ子供達に知識を詰め込めばいい塾の講師じゃあるまいし,教育者としては,そういう現に在る要求にどうやって合せていくかに腐心するのではなく,ちょっと危機感を持つ必要があるのではないでしょうか.子供達の成績のみに興味があって,彼らの未来がどうでもいいならともかく…

さて,前回の続きですが,2chとかで主張される,一般国民が国家に忠誠を誓っていたというのも,果して本当にこの国の伝統でしょうか.そもそも国家意識なんてものが一般にあったのかも私には疑問に思えます.私のような一般人の先祖は,おそらく,どこかの大名の知行地の石高で表わされるだけの,ただの耕作人夫でしょう.その時々の領主樣については,畏れたり敬ったりしたかも知れませんが,日本という国や天皇の存在を意識したことが,果してあったでしょうか.その類のことがもしもあったとしても,江戸300年は「伝統」として敬っていたのは天皇じゃなくて将軍でしょうし…

江戸と言えば,江戸時代までは,戦といえば,戦闘員である武士の仕事ですよね.本来非戦闘員であった全国民まで強引に騒動に巻き込み,「国家」への忠誠を求めて総力戦に参加させる必要があったのは,先の第二次世界大戦だけではないでしょうか.随分譲っても,そんなのは精々明治以降の極最近の短かい「伝統」でしょう…

そういう,伝統的には国家意識なんてものも持っていなかった非戦闘員である一般国民を,伝統的には彼らの本来の役割ではない戦闘行為に動員するために,日の丸・君が代というツールが必要だった.それだけのこと…違いますかね…
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by nobu_san | 2011-05-29 22:01 | 憲法・平和
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